■きんさいエイド三次とは? (2008年06月11日編集)

  各種イベントの拡大充実に取り組んでいた実行委員会では、三次きんさい祭に素敵な花をと、三次呉服専門店会の協力を得て「ミスゆかた三次」が第7回天野実行委員長時(昭和57(1982)年)のきんさい祭から始まりました。

  第9回からは「ゆかたの女王三次」として和服(浴衣)を条件としていましたが、第10回から第25回までの16回は「ミス三次きんさい」として自由な着衣での出場となりました。また、第22回では、これまでの反省を踏まえ、「ミス三次きんさい」への教育的なプログラムを取り入れ、新祖先生を講師に迎え現在に至っています。

  ミスという用語には問題があるとして、第26回からは公募での名称を「きんさいエイド三次」とし、審査方法も従来の公開方式から非公開方式としています。

  きんさいエイド三次の活躍はますます広がっており、現在は三次市観光協会の所属になっています。